2014年7月30日
ゆうちゃ★ / 片山 / たつや / 悟李羅★影助
(仙台バーチャプレイヤー)
仙台バーチャプレイヤー。
左から
たつや / 悟李羅★影助 / 片山 / ゆうちゃ★
東北プレイヤーインタビューでは、元スタープレイヤーの葵使い「ゆうちゃ★」、2012年のビートライブカップで「ゆうちゃ★」とともに「片山軍団」として決勝の赤絨毯を踏んだ「片山」、新潟から拠点を移してきた「たつや」、『3』からの重鎮「悟李羅★影助」と、仙台勢が集結。
―― みなさんはいつ頃から『バーチャファイター』をはじめましたか?
ゆうちゃ★ 『4』の時に先輩に誘われてはじめて、リオンのカードを作ったらすぐに『EVO』になった。
片山 俺は『EVO』の終わりだな。
たつや 俺も『EVO』。
―― 最初にキャラクターを選んだ理由などはありましたか?
ゆうちゃ★ なんとなく一番カッコいいからっていう理由でリオンにしましたね。
片山 俺はどっかの誰かさん(ゆうちゃ★を見ながら)のせいで葵からはじまったからね。技も何も知らないヤツに葵を使わせたもんだから、全然勝てなかった。
ゆうちゃ★ 他のヤツには基本キャラだからってジャッキーやらせてたけどね(笑)。
片山 なんなの!? 俺、その後レイフェイだから、基本も何もなかった。レイ・フェイにしたのは、同じ時期にはじめた同級生がレイ・フェイ使ってて。みんなでコンボ教えてたんだけどできなくて、「ちょっと俺にやらせて」ってやったらできたから、そのまま使うことになって(笑)。
たつや 当て身キャラがいいんだね。なんでパイにたどりついたの?
片山 猫助がパイを使ってて、レイフェイで勝てる気がしなかったんだよね。ずっと見てた結果、どうすりゃいいのって聞いた時に「おまえ、レイフェイ向いてないよ。パイやってみたら」って言われて、やってみたら結構勝てたから。
たつや ちび太に憧れてバーチャはじめたから最初はリオンだった。 俺はもともと新潟で、すぐるとリオン対決して負けてリオンやめて、 そのあとシュンを使って、今は鷹嵐。
ゆうちゃ★ 俺は、よく行ってたゲーセンの店員が葵使ってて、「葵かわいいよ葵かわいいよ」って行くたびに言うから、俺も「葵かわいいわ」って思って一緒に使いはじめた。その頃はリオンよりもサブキャラのジャッキーのほうが勝ててたし、そもそもちゃんとバーチャやってなかった。俺と片山は音ゲーメインだったから。
片山 音ゲーの待ち時間でバーチャやってたね。
ゆうちゃ★ 暇つぶしでバーチャ、みたいな。俺ら音ゲーでは花咲かなかったけど、バーチャではそこそこ有名になったよね(笑)。
たつや 俺は逆にバーチャがないと生きていけなかったもん。新潟から毎週遠征行って、大阪とか九州のバトルオーディションも行ってた。
―― 『バーチャファイター』をやっていて一番印象に残っていることはなんですか?
片山 (2012年)ビートライブカップの赤絨毯(決勝トーナメント進出)じゃない? ビックリしたじゃん。
ゆうちゃ★ あれは涙出そうだったもん。片山はそんなに出てないけど、俺はディファ有明でやってた時から出てるからね。何回目だよって。
片山 ディファ有明の頃に出てたメンバーのほうが仙台のベストメンバーのはずだからね。
ゆうちゃ★ ダビ、悟李羅★影助、猿デラ、俺、ヌルぴょん。あの頃の動物三匹(悟李羅★影助、猿デラ、猫助)はやばかった。
―― 新潟から仙台にきた、たつやさんから見て仙台の特徴みたいなものはありますか?
たつや 仙台は仲良いよね。新潟はホームにしている店同士で対抗意識あったから。ゾーン対ポピーみたいな。敵対している同士は話さないし、同じ店でバーチャする時はお前らは最初に誰出すんだみたいな流れに勝手になってる。
片山 すごいね。たしかに東北は仲良いんだろうね。でも外から来たヤツには負けたくないっていう気持ちも強い。
ゆうちゃ★ 最近は遠征自体がなくなってきてるけど、ちょっと前までは誰か来たら俺が倒す、みたいな役割はあったね。
片山 一番やる気ある時は本当すごかったよ。朝からゲーセン行って、夜に閉店したら朝5時までやってるゲーセン行って。誰かの家で家庭用のバーチャやって、ちょっと寝てまたゲーセン行くっていう。すごい勢いで金がなくなっていった。
たつや 後悔とかないの?
片山 俺は『バーチャファイター』というものをはじめちゃったから後悔はないけど、『バーチャファイター』をはじめてなかったら、となると話は別だよね。丸々そのお金が残るわけだから(笑)。『バーチャファイター』の中毒性はすごいよ。本当に人がいなくなって、対戦ができないっていう状況にならないとやめられないと思う。
―― ゆうちゃ★さんはスタープレイヤーも経験していますが、その頃の思い出とかありますか?
ゆうちゃ★ 組手で行った土地の食べ物が美味しかった(笑)。あと、普通に生きてきていたら、一生行かない土地に行けたのも楽しかった。 あとは、スタープレイヤーになった時に「誰だよ」みたいな感じでめっちゃ叩かれました(笑)。スタープレイヤーになる前、電話でセクシー齋藤さんに「俺みたいな有名じゃない人がなったらおかしくないですか?」って言ってたんですけど、当時テラゾーさんがサブキャラのパイで取ってて、テラゾーさんもまだそこまで有名じゃなかったけど、最近力つけてきててスタープレイヤーになるからって聞いて了承したらテラゾーさん辞退していたっていう。 でも、スタープレイヤーになった時もそんなに本気でバーチャやってなかったから、スタープレイヤーになったことでバーチャをしっかりやるようになったかもしれない。
片山 スタープレイヤーは良い制度だよね。そういえば、俺もその頃そんなにやってなかったけど、公式大会あるからって誘われて行ったら30分くらい遅刻して大会遅らせて、ネットで写真つきでめっちゃ叩かれた(笑)。
(インタビュー開始から1時間経過して悟李羅★影助登場)
悟李羅★影助 あー疲れた。(ビールを飲んで)これだねえ。
ゆうちゃ★ バーチャ歴長いから、話すこと色々あるでしょ。
悟李羅★影助 なんでもどうぞ。14歳からやってるんで。(2014年)3月で32になります。最初は『バーチャ3』だね。
ゆうちゃ★ ずっとウルフ使ってるよね。
悟李羅★影助 いろいろ浮気したけど、結局最後ウルフに戻っちゃうんだよなあ、やっぱり。
片山 一番最初からウルフ?
悟李羅★影助 いや、最初はカゲ。弧円落の後の浮身膝蹴りが出なくてやめたんだよ。難しいな、このゲームはって(笑)。
ゆうちゃ★ なんで『4』の時ブラッドになったの?
悟李羅★影助 そんな個人の話はいいでしょ。
ゆうちゃ★ 全国大会で負けてカード投げた話は?
悟李羅★影助 いや、んー…。でも特にオチはないんですよね。実は、結構エンターテイナーなんですよ、俺。格闘新世紀Ⅱの時にちょっと裸になったんですけど、裸になったら微妙に盛りあがって。その頃プロレスで負けたら即引退スペシャルみたいな特番やってて、俺もカード折れば盛りあがるんじゃないかって。それで負けてカード折って捨てたんですけど、誰かが拾ってくれて戻ってきたんですね。犬に「とってこーい」って投げたみたいになって。その後カードは復旧しました。
ゆうちゃ★ いろんな伝説持ってるよね。
悟李羅★影助 昔は仙台にも人がすごいいたんですよ。わかんないでしょ。わからんよね、君たちは。
―― そういう昔話的なもの、聞きたかったです。
悟李羅★影助 いや、多分そうだと思ったんです(ドヤ顔)。仙台のバーチャファイターシーンですよね。昔はセガのゲーセンでランキングバトルっていうのがあって、100人くらい軽くいたんですよ。100位が99位を倒すとひとつランキングがあがる、みたいなシステムで、それの最後、2位と1位の戦いはやばかったですね。
片山 100人くらいいて何位だったの?
悟李羅★影助 最後は1位だった。
ゆうちゃ★ マスクさんが言ってる、全盛期の悟李羅はふ~どより反応が速いっていうのはどう思います?
悟李羅★影助 あー、ふ~どのほうが速いね、さすがに。あの人はそんなに反応速くないから、どっちが反応速いかどうかわかるわけないじゃん。俺は「コンマ何秒のココでガードする、あ、やばいな」って思うんだけど、あの人はそこらへん見てないから。俺が言うのがナンバーワンね。俺はふ~ど推しだから。
―― 話が前後してしまいますが、そもそも『バーチャファイター』をはじめたキッカケはなんだったんですか?
悟李羅★影助 はあ、いいこといいますねえ。こういうかゆいところに手が届く人、好きなんだよなあ。俺、これが語りたかったんですよ。バーチャファイター20周年だからプレイヤーなんかに焦点あてなくていいんですよ。
片山 このくだり、そのまま載せてください(笑)。
悟李羅★影助 『バーチャファイター』はじめたキッカケ、そういうの聞いたほうがいいですよ。あれは忘れもしない中学校3年生の時。僕ね、2Dやってたんですけど、『バーチャファイター3』になって、でっかい筐体(メガロ50)わかります? ゲームセンターに入った瞬間にあれを見て、まばゆい光がパーッと差し込んだんですよ。俺、食い入るように1時間以上ずーっと見てて。すごいんですよ。何がすごいかって言うと、完全に3Dゲームなんです。わかります? 俺からしたら『4』とか『5』は、3Dの名を語った2Dゲームなんですよ。『5』は『4』よりも3Dですけど。『3』はアンジュレーション(地面の起伏など)があって、奥手前、前後左右にめまぐるしく展開がかわっていって。地形もあるからリングアウト狙うにも全部考えるし、お互いの高低差とかでコンボも変わるし。これを見た時に、このゲーム一生やろうと思った。そこからはもうすごいですよね。『バーチャファイター3』をやるためだけに、近くにあった吉野家でバイトをして月6万稼いで。6万稼いだんですけど、その6万が一週間かかんないでなくなっちゃうんです。100円1プレイの時にやりこんだんですけど、1日100回負けるんですよね、みんな強いから。頑張って頑張って、俺がトップだぞってなった頃には周りにも人が減っていて。それで岩手、秋田とか地方大会出たり各地を遠征して、最後に東京に行ったんですよ。
―― それも高校生の頃の話ですか?
悟李羅★影助 いや、もうバーチャが面白すぎて高校やめちゃったんですよ。
一同 (笑)
悟李羅★影助 吉野家でバイトしてもバーチャする資金足りないし、学校行っても寝てるだけで、これやばいな、もう学校やめようかってなって。それからは吉野家のバイトで資金ためつつバーチャをやってました。
―― バーチャで学校やめちゃったんですね。
悟李羅★影助 そうなんです。それだけ面白かったんです。でも、『3』の頃は結構いたと思いますよ。学校やめるまでいかなくても、間接的に仕事やめるとか、言う人の方が少ないだけで、結構あったと思いますよ。『バーチャファイター』はヤバいゲームなんですって。そこまでハマれとまでは言わないですけど、現状には少し悲しんでいますね。昔はただカッコよく、強く思われるためだけのプレイしてたから。後ろで「この人すげー」みたいなヒソヒソ声が聞こえてると超気持ちいいんですわ。エクスタシー(笑)。ちょっと技を決めてチラッとドヤ顔すると、北斗の拳でレイが飛びあがった時のユダみたいな表情するんだよ、ギャラリーが。あれが気持ち良かったんだけど、今はそのギャラリーがいないから俺のモチベーション低下になってるよね。