2014年11月25日
バーチャ神・ちび太インタビュー
ちび太(聞き手:セクシー齋藤)
左から
セクシー齋藤 / ちび太
プレイヤーインタビューを締めくくるのはバーチャ神・ちび太。
盟友セクシー齋藤を聞き手に、初の冠イベントである「ぶらり旅」をはじめ『5』でのイベント、思い出の数々を語ってもらった。
セクシー齋藤 ちび太には以前、東京のプレイヤーと1~4時代の話もしてもらったので、「ぶらり旅」(バーチャ神ちび太が行く!ぶらり「組み手」の旅)で全国を回ったりっていう『5』での話をしたいんだけど。
ちび太 『5』だけでもう8年以上経ってるんだ。それはセクシーも大きくなるよ(笑)。
セクシー齋藤 そもそも「ぶらり旅」みたいな企画が立ち上がった経緯から話すと、『4』になくて『5』になって新たにできたのがオンラインサービスのVF.NET」に加入しなくてもリングネームやコスチュームを変更できる「VFターミナル」、それと店舗をネットワークで繋いでリプレイ動画を見せたりできる「VF.TV」があったでしょ。
ちび太 どこもやってなかったから凄かったよね。
セクシー齋藤 「VFターミナル」には店舗に人がいなくても大会が開催できる「大会モード」っていうのもあってあれもキモだった。「VF.TV」はTVっていうくらいだからリプレイ流すだけじゃなくて番組をやろうっていう話になって、その中の企画のひとつが「ぶらり旅」だったんだよ。『4』までにやっていたプレイヤーはちび太のこと知らない人はいない状況だったと思うけど、『5』から始めた人になんでちび太が「VF.TV」の番組でバーチャ神として出ているのかっていうのを分かりやすく認知してもらうために、『アルカディア』とタイアップして記事も載せてもらったりもしてたね。
ちび太 ちゃんと組み手の勝者も雑誌に載せてもらえるようにしたんだよね。イベントの最初は上野の西郷さんのところからはじまったんだっけ。開幕からやばかったよね。
セクシー齋藤 三連休で仙台、北海道、福岡って行ったからね。
ちび太 おかしいよね(笑)。
セクシー齋藤 北海道と福岡の気温差16度あったからね。メンバーみんなあの後風邪引いてたし(笑)当時の「ぶらり旅」のコンセプトが出会いと闘い、そして現地のうまい飯を食う(笑)。
ちび太 そんなことやってたね。五重塔ハンバーグっていうめちゃくちゃ大きいハンバーグ食べたり。
セクシー齋藤 あとは組み手でちび太が負けたら観光地に行って修行するっていう。
ちび太 抵修行するのはセクシーだったりするんだけど(笑)。砂に埋められたりして、それを見てうちらは笑ってるっていう。
セクシー齋藤 仙台でやった記念すべき最初の組み手の1人目の対戦相手がのちにスタープレイヤーになるゆうちゃ★だったんだよね。仙台は負けなしのスタートだったね。仙台、北海道と最初の頃、人はいっぱい来てくれて盛りあがっていたけど、まだお互いこなれていないなかやっていた気がする。
ちび太 組み手自体は元々やっていたけど、セクシーとやる組み手は楽しさが違うんだよね。実況でちゃんと盛りあげてくれるでしょ? 自分の強さを見せる組み手が多かったけど、「ぶらり旅」はお客さんを楽しませる組み手だったよね。みんなで楽しく終わるみたいな。勝ったらダイジェストの模様で「VF.TV」にも出られるし、それが賞品みたいなところがあったよね。お客さんに楽しんでもらう組み手をしようっていうことをちゃんと考えるようになったのは「ぶらり旅」からかもしれない。
セクシー齋藤 ちび太自身は楽しめてたの?
ちび太 僕は楽しかったし、楽しいことしかしてなかった気がする。全員で遊びに行くような感覚だったもん(笑)。
セクシー齋藤 「ぶらり旅」って全国40会場、全部セガの店舗を回ったんだよな。セガの店舗のみとはいえ、沖縄の北谷(ちゃたん)まで行ったし。あそこでは別タイトルの『三国志大戦』のイベントで来てたブンブン丸にも特別にゲストで来てもらって。
ちび太 いつもは開幕にセクシーと僕でやっていたオープニングマッチをブンブンがやってくれて盛りあがったね。
セクシー齋藤 キッチリ最後はジャイアントスイングで決められて。北海道では、キャサ夫vsちび太っていうのもあったよね。金網のあるステージでふたりでどんどん壁登っていったら盛りあがって。魅せプレイが凄かった。
ちび太 でも、ああいうオープニングマッチがあったのは良かったよね。セクシーと騒ぎながらやることでみんなこういう風に盛りあがればいいんだって和んでくれたと思う。
セクシー齋藤 緊張して参加してくれているプレイヤーも多かったから、オープニングマッチで少しでも笑顔になってくれてたなら、やってよかった。それにしても、今思えばこの組み手に参加してくれたプレイヤーの中からも回を重ねてどんどん強くなっていったプレイヤーもいたね。後にスタープレイヤーになったり、全国大会優勝したり・・・。
ちび太 「ぶらり旅」をキッカケにしてくれた人もきっと多いよね。組み手に参加してた人で強くなった人多いよ。
セクシー齋藤 毎回ちび太がこのプレイヤーいいよねっていうのをピックアップしてたけど、その最たる例がDrums子かな。15歳とかの時に参加してくれていて、組み手ではちび太が余裕で勝利していたんだけど筋がいいって褒めたら数年後に全国大会に出てきて。インタビューしたら「あの時のちび太さんのおかげです」みたいなことを言ってくれてね。ちび太が「格闘新世紀Ⅵ」で優勝したのを誰よりも喜んでいたんじゃないかな。
ちび太 組み手で僕に勝ったことが自信になったり、それで注目されて友達ができたりとか、それでバーチャをずっとやってくれたりするのは嬉しかったね。
セクシー齋藤 ちび太を倒したっていう勲章はずっと残るからね。その地域のプレイヤーで誰もが持っているものでもなかっただろうし、凄い大事な思い出にしてくれて、それを支えにゲームをやり続けてくれる人もたくさんいたね。ちび太に勝って、泣いて喜んでいたプレイヤーもいたし。
ちび太 青森で参加してくれたちびたろうとかも今は東京にきてやっているしね。
セクシー齋藤 他に「ぶらり旅」で思い出に残ってることってある?
ちび太 観光地で録ったりしてたからすぐ人が集まってきたよね。
セクシー齋藤 1回地元の人に「どこのテレビ局ですか?」って聞かれて、スタッフが「VF.TVです」って答えてたのは爆笑した(笑)。
セクシー齋藤 「ぶらり旅」を2年くらいやって、いろんな人にバーチャに興味持ってもらって、「圧倒的ツアー」っていうのを全国5会場でやったんだよね。ここの結果を踏まえてスタープレイヤーっていうのが決まっていって。この「圧倒的ツアー」はのちの「バトルオーディション」の礎となったイベントだった。組み手で初中級者を取り込めることがわかったから、上級者にしっかりとモチベーションを持ってもらって、交流してもらう場として大会イベントをやりたかった。
ちび太 組み手は強い人に絞ったイベントじゃなかったもんね。
セクシー齋藤 スタープレイヤーは、ちび太みたいにオピニオンリーダーになれるプレイヤーの育成っていうのを意識してやったんだよね。ちび太が毎週全国に行けるわけじゃないし。
ちび太
各地域にその土地のプレイヤーを引っ張ってくれる人を作ろうねっていうね。スタープレイヤーシステムは本当に良かったと思うよ。
「闘劇」みたいな他のゲームと一緒の大会では凄く羨ましがられた。
セガ公式で、明確に他のプレイヤーとの差別化がされていたからね。イベントとかにしたって、今のプロゲーマーみたいなことを既にしていたわけだから。セガは早かったよね。
セクシー齋藤 圧倒的ツアー」も終わって、ちび太がかねてからやりたいって言ってたセガ以外の店舗でイベントをやりたいっていうのが実現するんだけど、それが「ご闘地!組み手キャラバン!」土日で4店舗回るとか無茶なスケジュールで体調崩したこともあった(苦笑)。
ちび太 でも「次ここ行くからねー」ってみんなで車で移動するのは楽しかったね。
セクシー齋藤 だからこそ「キャラバン」だしね。楽しかったけど、今まではセガ店舗でやっていたから、他社さん店舗に「ひとつの興行」として見せる必要があったし、スタープレイヤーにも気を引き締めてイベントに同行してもらってたから、プレッシャーは半端じゃなかった。
ちび太 でもセガ以外の店舗でもできるようになったおかげで、組み手イベントが長く続いたのかもしれないね。
セクシー齋藤 「ご闘地!組み手キャラバン!」はスタープレイヤー2人を連れていって、組み手のイベントとスタープレイヤー候補生を決める「バトルオーディション」も並行してやっていたから、初中級者から上級者まで取り込めるイベントになったよね。スタープレイヤーもみんなちび太を見て追いつけ追い越せで頑張ってくれたし、イベントとしてしっかり形になったと思う。
ちび太 戦績プレート欲しくて参加してくれた人もいると思うし、組み手をしたいだったり、スタープレイヤーになりたい人だったり、いろんな人が参加してくれる良いイベントだったと思う。
セクシー齋藤 「バトルオーディション」は結局4回やったけど、最初は入替戦するのもどうするか考えた結果だったんだよ。結果、めちゃくちゃ注目されるイベントになったけど。
ちび太 勝った負けたの真剣勝負だから見てるほうは本当に面白い。でも、やるほうはドキドキだよね。
セクシー齋藤 組み手イベントもやって、ちび太の後継者を育てるという意味でスタープレイヤーっていうのも決めていって、でも、ちび太個人としての『5』はちび太自身が特別な存在だったこともありつつ色々と犠牲にしてもらったよね。
ちび太 ずっと出ていた全国大会とかカップ戦も「ぶらり旅」と予選が重なっちゃって出られなかったりしたし。
セクシー齋藤 解説してもらったり、一度は一線引いたポジションにっていう気持ちがちび太自身にもあったんだろうけど、「格闘新世紀Ⅵ」をやる時に、セガとして、ちび太はシードで出そうって流れになって。
ちび太 そういう話してくれたね。一度断ったけど。
セクシー齋藤
予選も通過してないしってね。でもある日、夜中3時くらいに電話くれて「僕、やっぱり頑張るよ」って。その結果が優勝だから俺もさすがに感動するわ。
あの大会は伝説になってる。
ちび太 1回戦負けとかだったら何言われてたか分からないけど、優勝したから良かったね。
セクシー齋藤 生涯一番やり込んだくらいのこと言ってたよね。
ちび太 やりすぎて腱鞘炎になって、手が痛いから直前の一週間はやらなかった(笑)。でも一ヶ月くらいバーチャと筋トレをずっとやってたね。組み手だとそれに向けてやりこもうとかなかったから、大会に向けてモチベーションあげてやりこむっていうのはひさびさだった。その前の大会は出られなかったし。
セクシー齋藤 とにかく良く動いてたよな。いつもの組み手みたいにのびのびしてて。
ちび太 なんだか覚えてないもん(笑)。あの日は何が起きたのか自分でも良くわかんない。気が付いたら優勝してたよ。
セクシー齋藤 最後ベスト4とかは、こえど、ぷうた、ばすた~、ちび太で誰が勝っても良かったんだけど、ちび太への声援は特に多かったと思う。
ちび太 そんな気持ちで見てたらセクシーの実況も僕よりになるよね(笑)。嬉しいけど(笑)。
セクシー齋藤 ちび太が優勝した「格闘新世紀Ⅵ」が終わって、そのあとも組み手のイベントは1年くらいやったんだけど、そのラストが山岸さんのいる秋葉原のレジャーランドっていう。ちび太がセガ以外の店舗でイベントやりたいって言ってたのと同時に、ビートラ杯はなんでセガと一緒にできないのって言ってたのもあって、山岸さんのいる店舗で組み手の最後を飾るっていうのは、ある意味メッセージみたいなものがあったよね。「闘劇」にも派遣されるようになって、今ではビートラ杯にも称号提供とかでセガが協力するようになって、その橋渡しをしてくれたのがちび太だと思う。
ちび太 『5』はなんだかんだで忙しかったね。「闘劇」も全盛期でビートラ杯もあって、セガの全国大会もあって。1年に3つ大会がある時期もあったけど、それぞれシングル、5on5、3on3みたいに棲み分けもできていたし。『5』は「闘劇」も優勝したし全国大会も優勝したから一番いい時だったのかな。あとはビートラ杯だけだよ。これで今年優勝したら完璧だよね(笑)。
セクシー齋藤 コンプリートだよね。
(20周年を振り返って)
セクシー齋藤 最後に、これまでを振り返ってみてどう?
ちび太 変わらないかな。ずーっとのびのびバーチャやってるよ。昔に比べたらあんまりやってないかもしれないし、みんな強いけど、新しいコたちに負けたくないっていう気持ちはいつも思ってる。。
セクシー齋藤 ここ8年の総括みたいなもんだけど「ぶらり旅」で『5』の雰囲気作り、新しいコンテンツをちび太と一緒に起こして、その次に俺たちが大会と組み手を合わせた「圧倒的ツアー」でいろいろな客層を取り込もうとトライアルして、その次のフェイズっていうのがちび太みたいな存在を目指すスタープレイヤーへの取り組み。ゆくゆくこういうものがプロゲーマーの礎になったと思う。「バトルオーディション」の入替戦とかも興業、見る物としてのバーチャを提案できたんじゃないかな。そして「格闘新世紀」をちび太が優勝して締めて(笑)。
ちび太 セガの公式大会で優勝できたのは本当にデカかった。1人だから団体戦のビートラ杯優勝とはまた違う。昔から公式大会に出ている人たちにとっては特別な存在で、そこで優勝できたんだから胸張っていいなって。
セクシー齋藤 思い返すとちび太とはいろんなもの作ってくれた。
ちび太 あれやりたい、これやりたいってどんどん出てきたでしょ。いいことも悪いことも言ってね。そういうのがあったから続いたんだよ。
セクシー齋藤 色々意見もぶつけあったけど楽しかったな。
ちび太 いろんな会場があったしいろんな人が集まってくれたけど、みんなが満足して楽しんでくれるイベントがやれて良かったよね。