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インタビュー

2014年1月16日

プロフィール

寺田 克也 (イラストレーター・漫画家)

てらだ かつや◎寺田克也 岡山県玉野市生まれ。高校、専門学校と美術系の学校を卒業後フリーランス活動に入る。マンガ、書籍、ゲーム、舞台、映画などの分野でイラストを中心にし国内外で活動中。主な作品に「西遊奇伝・大猿王」、映画「ヤッターマン」「Blood The Last Vampire」「寺田克也ココ10年」などがある。2013年には京都国際マンガミュージアムにて、10年間の仕事を総括する展覧会を開催した。2014年の春には日本とアメリカでそれぞれ画集が刊行される予定。

 
はじめて見て新時代を感じた
動きから伴うリアルな感情

――    どのような経緯で、『バーチャファイター2』のキャラクターデザインをすることになったのでしょうか。

寺田克也(以下、寺田)    以前、別の仕事でご一緒して、当時AM2研のパブリッシャーをやっていた黒川さんに発表会に呼ばれて、とりあえず見てよ、と言われ、展示してある筐体の中でキャラクターが動いているのを見て、「これはすごい!」と。今でこそ3Dを見慣れているけど、当時、リアルタイムで自分が動かしたいように3Dのキャラクターを動かせるなんてありえなかったので、ショックを受けました。「これは新時代だな」と感じましたね。その上で仕事を依頼したいと言われ、キャラクターは出来てるし、なんの仕事ですかと訊いたら、『2』ではマッピングが細かくなるから、それ用にキャラをリアルな方向に寄せていきたいという話をされたんです。俺は、逆に川本喜八郎の人形みたいなのがリアルに動いてる、そこが凄いと。記号的なキャラだからこそ、それが当てると重いとか痛いとかのプリミティブな動きから沸き起こる感情がリアルだったので、絵面をリアルにしてもしょうがないと思ったんです。だから『2』でキャラをリアルにしたいっていうのを「しなくていいんじゃないですか」って言って、自分の仕事をなくしかけたんですよ(笑)。いまだにそう感じる部分はあって、最初に受けた衝撃が、リアルになるほど薄れていくというか。でも、それも進化であり、熟成されていくっていうことだから、俺が極端な事を言ったってことなんですけどね。とにかく最初に持っていたポテンシャルがあまりにも高かったので、その持っている力というのが『2』にそのまま出ればいいなと思いつつ、そのお手伝いができるのならっていう気持ちがありました。

――    キャラクターデザインする際に意識したことはありますか?

寺田     『1』のキャラが好きな人から全然違うって言われないように、ということですよね。それが自分に与えられた仕事なので。そこで「俺のキャラクターだ」って言って、まったく別のものを提示するのは『1』のファンからしたらありえないことだから。そこだけかな、気にしていたのは。デフォルメっていうのは本来リアルなものを単純化するけれど、『2』でよりリアルにしたいということだったから、その逆の作業をしました。『1』のキャラクターから、本来こうであっただろうというものを類推していくという。そういう作業は得意なので、やりやすい仕事をさせてもらった感じでしたね。

 
筐体を貸してもらったのに
アパートに入らず見送るハメに

――    『バーチャファイター』に関する思い出はありますか?

寺田    いろいろなところで喋ってはいるんですけど、『2』の仕事をするにあたって、まだゲームセンターに出る前の『1』の筐体を貸してくれるという話があったんですね。ぜひお願いしますと言ったら、ある日セガから当時住んでいたボロアパートに筐体が軽トラックで運ばれてきたんですよ。そうしたら、入口の階段が狭くて入らなくてそのまま見送ったということがありました。それが一番の思い出じゃないでしょうか。

――    結局、筐体を借りることができなかったんですね。

寺田    ガッカリして泣いていたら、黒川さんから電話がかかってきて、画面とCPUの部分をバラして持って行くと言ってくれて。それからはしばらく朝起きてバーチャの電源入れるっていう生活が続きましたね。うちの家庭用の電源だと電圧低くて起動に1時間くらいかかったりしましたけど(笑)。その当時、筐体が個人宅にあったっていうのは、他になかったんじゃないですか。相当やりましたけど、自分で金かけてないから弱いままでした(笑)。ゲームも勿論面白かったけど、木造のボロアパートに『バーチャファイター』の筐体があるっていう状況も面白かったですね。

――    描いていてお気に入りのキャラクターというのはありますか?

寺田    『2』から登場したシュン、リオンを含めて、自分がイチからデザインしたキャラクターというのはいないので、逆にそれぞれに思い入れがありますね。『バーチャファイター2 テンストーリーズ』という漫画も描けて、そこではそれぞれのキャラクターのストーリーも自由に作らせてもらったので、そういった時間を一緒に過ごしているからあの10人は全員好きです。『2』より後のシリーズは仕事をしていないので、そこから出てきたキャラクターと、『2』までの10人とは愛着の差が激しいですよね。

――    『バーチャファイター』に望むことはありますか?

寺田    3Dの格闘ゲームで見てみたいと思うのが、殴って皮膚がズレて筋肉がへこんで骨にあたる、みたいな表現。格闘の本質みたいなものがそこにあるのだとしたら、格闘ゲームのテクノロジーはそこに向かって欲しいなと。極端に言うと棒みたいな人間でもそれは興奮するわけで、そういう方向に振り抜いた格闘ゲームってないですよね。誰がそれを求めているのかは分からないですけど(笑)。でも、『バーチャファイター』から最初に感じて受け取ったメッセージというのも痛みであるとか、重さだったので、そこを追求したものも見てみたい、というのはあります。俺が絵を描いている理由も、見たことない絵を描きたいというのが根幹にあるので、それと同じものをエンターテインメントに求めてしまうというか。驚きでのけぞるようなゲームをいつでも待っているし、それが『バーチャファイター』であって欲しいという気持ちもありますよね。

(20周年を迎えた『バーチャファイター』へのメッセージ)
最初に『1』を見た時の衝撃は、いまだに思い出せるほどのものです。3D格闘ゲームの原点は『バーチャファイター』だと思っていますし、そういうプライドを今後も見せていただきたいな、というのが一番望むことですね。ゲームセンターでゲームをする人が減っている、家庭用のゲーム人口も減っているというなかで、一般の人がゲームに戻ってくるくらいの何かものすごいものを『バーチャファイター』で見せてもらえるといいなという気持ちがあります。自分の仕事にとっても第二の原点というか、『バーチャファイター』の仕事によって認知度を上げてもらったからターニングポイント的なものでもあるので、すごく感謝しているし大事な仕事でした。だからタイトルとして、ずっと続いて欲しいですね。
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